研究概要

化学は自然現象を原子や分子の視点でとらえ理解するとともに、新たな物質を創造する学問です。まだ誰も手を触れたことがない物質を独自に創造し、世の中に役立たせることが化学の最大の魅力でもあります。例えば、分子量が数千にも及ぶ天然ポリエーテル化合物が人工的に合成できるようになり、その手法の一部は医薬品開発につながっています。一方、生命はさらに巨大なタンパク質(分子量1万以上)を創り出し、人工では到底まねのできない高次な機能を獲得してきました。どのようにしてそのような機能が、進化の過程で原子から創造されたかは今も謎です。しかし、高次機能を獲得したタンパク質をベースとして(ここ大事!)人工的に改変し、さらに新たな機能を付与した「次世代型タンパク質」を創造することは可能です。

我々は、様々な機能性タンパク質の中でも、光を吸収したり発光する光受容タンパク質に着目し、そのタンパク質を進化させて、生命科学研究の分析技術に応用展開することを目的としています。その一つのテーマが、緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein: GFP)やその改変体、また生物発光タンパク質(Luciferase)を用いた生体分子イメージング技術の開発です(生きたまま“観る”)。生きたままの生体分子のはたらきを空間的に経時変化を追って可視化する技術は、生命の理解を飛躍的に深化させる原動力となっており、今も更に発展し続けています。自分の興味ある分子が生きた細胞や動植物個体内でふるまう様子を、レンズを通してあるがままに観察できることは、まさに驚きであり感動に満ちあふれています。

このような生体分子イメージングは、すでに30年以上の歴史があり、その一部は実践応用に大きく展開しています。我々も独自に開発した生体分子イメージング技術を応用して、化合物の探索研究を推進しています(生きたまま“探す”)。大学や研究機関には、薬の候補となるような化合物がライブラリーとしてストックされています。このライブラリーから独自に開発したイメージング技術やプローブ分子を活用して機能性分子をセレクションし、基礎研究や新薬の開発などに役立てることを目的としています。

さらに光を使って生体内の特定の分子の活性を操作する技術「Optogenetics」が台頭し、生命科学研究の飛躍的発展に大きく貢献しています。この光で操作するツールも、植物や藻類などの光受容タンパク質がベースとなっています。我々はこの光受容タンパク質をもとに、細胞内の様々なシグナルを時空間的に操作する技術開発を進めています(生きたまま“操作する”)。光で特定分子を操作した後の細胞内シグナルに関するデータを集め、数理モデル構築することで、定量的な操作を実現することを目指しています。

その他、光と物質との相互作用に関するデータをもとに、犯罪科学捜査に役立つ新たな分析技術の開発や、システム統合型の顕微鏡の開発なども共同研究を通じて行っています。分析化学における新しい原理の発見と検出法の開発を目的として、独自に進化させたタンパク質や方法論を用い生命の謎を解き明かしていきます。

生きたまま“観る”

細胞内小分子、RNA、タンパク質が、いつ・どこで・どのように機能を発現しているか、時間軸を含めた生体分子の機能を可視化する新たな研究方法と技術開発を進めています。これまでに、細胞内在性RNAの蛍光イメージング法、タンパク質間相互作用解析法、細胞内タンパク質リン酸化検出法、動物個体内のタンパク質細胞内動態イメージング法等を開発してきました。立体構造や機能が明らかとなったタンパク質をツールとして、タンパク質工学を駆使し、分子認識と情報変換を兼ね備えた分子プローブを開発しています。

生きたまま“探す”

生理機能をコントロールする新規化合物の同定は、スクリーニング法の開発に大きく依存しています。新たなスクリーニング法が確立されれば、新規分子種の同定・発見が期待できます。我々は、機能性ペプチドを、遺伝子ライブラリーからハイスループットにスクリーニングする独自の技術を開発し、ミトコンドリアや細胞内小胞に輸送されるタンパク質の網羅的解析法を開発してきました。また、細胞融合やGPCR活性を制御する化合物をスクリーニングするために、発光プローブを発現した細胞を独自に開発し、ケミカルライブラリースクリーニングを実践しています。

生きたまま“操作する”

生体内の調べたいタンパク質の量や機能を外から照射する光で制御できれば、そのタンパク質に関連する時間的・空間的な知見を得ることが可能となります。我々は光受容タンパク質をベースとして、細胞内の様々なシグナルを時空間的に操作する新たなコンセプトの創発を行っています。さらに、シグナルの数理モデル構築することで、定量的な光操作の実現を目指しています。イメージング技術と組み合わせることで、生体深部の分子操作と観察を非侵襲的に実現する革新的な分析法の開発を目指しています。